私たちの体は皮膚、胃、肝臓など様々な組織から出来ており、これらは別々の細胞で構成されている。どの細胞も基本的には同じ遺伝情報を持っているのに、別々の細胞になれるのは、使う遺伝子と使わない遺伝子に目印をつけているからである。エピジェネティクスとは、これらの目印を解明する学問である。皮膚から胃ができないことに象徴されるように、エピジェネティックな目印の特徴は、一旦つくと、容易にははずれないということである。 細胞内のDNAは、ヒストンとよばれるタンパク質に巻きついてできている。エピジェネティックな目印には、DNAにつく目印(DNAメチル化)とヒストンにつく目印(ヒストン修飾)の2つが知られている(図)。

DNAメチル化とは?
DNAのCpGという配列の部分でCに-CH3という分子(メチル基)がつくのがDNAメチル化である。遺伝子を使うか使わないかを制御している部分(プロモーター)がメチル化されると、その遺伝子は使うことができなくなる(図1)。細胞が分裂する際にはDNAが複製されるが、このとき、メチル化されているかいないかの状態も複製され、エピジェネティックな目印が容易に消えないための仕組みとして知られている(図2)(Ushijima et al., 2003)。
DNAメチル化は、ヒトのように複雑な生物の体を正確に形づくるために必須の仕組みである。細胞の種類を決めることのみならず、遺伝子が父親由来か母親由来かによって使われ方が異なるという現象(ゲノムインプリンティング)や、女性が持っている2つのX染色体のうち1つが不活性化されるという現象(X染色体不活性化)などにも深く関わっている。更に、がんなどの疾患では、DNAメチル化のパターンが異常になっている。


DNAメチル化異常と発がんの関係
正常な細胞には、細胞が増える際に働くアクセル遺伝子(がん遺伝子)と細胞が増えるのを止めるブレーキ遺伝子(がん抑制遺伝子)がある。がん遺伝子の遺伝情報が変化する(突然変異など)と、がん遺伝子が働きっぱなしになる場合がある。また、がん抑制遺伝子に突然変異が入ったり、遺伝子自体がなくなってしまう(染色体欠失)と、がん抑制遺伝子が働けなくなる(図)。どちらの場合も細胞の異常な増殖を引き起こす原因となる。
1990年代に入って、突然変異や染色体欠失に加えて、DNAメチル化異常によりがん抑制遺伝子が不活化されることが知られるようになった(Ushijima, 2005)。現在まで、様々ながんで、多くのがん抑制遺伝子がDNAメチル化異常により使えない状態になっていることが報告されている。胃がんなどの一部のがんでは、がん抑制遺伝子がDNAメチル化異常によって不活化される場合の方が、突然変異や染色体欠失によって不活化される場合よりも多い(Ushijima and Sasako, 2004)。
